Monday, October 23, 2017

下書き

まず、この提出はある死亡を初めている。もっと詳しく、この死亡は三島由紀夫の死亡を指している。1970年(昭和45年)11月25日に、全国で有名な作者の三島由紀夫は自分で作られた「楯の会」からのメンバの四人と東京にある陸上自衛隊の駐屯地に入って、刀で総監のオフィスに押し入って、ちょっと相談した後、つづいて総監を縛りた。それから、三島はばバルコニーで自衛官約1000名の前に演説した。つまり、この演説の課題はどうして自衛隊はまだ「自分を否定する憲法」を守っているかということだった。それに、三島はその質問に対して、ちゃんとした理由を見つかれなかったので、自衛隊が武士のアイデンティティを取り戻しつつアメリカの影響に与えられた憲法に対して立ち上がる義務があると言った。三島は演説のメッセージが効果がないと気づいて総監のオフィスへ戻って、結局は切腹で自殺した。
このいわゆる「三島事件」は全国で放送されていたから、日本歴史と哲学に関する考えにものすごく影響があった。例えば、哲学者柄谷行人によると、三島の死亡は日本モダニズムの終わりというきっかけだと思われた。それに、三島の死亡の以来村上春木の作品が出版されたのを加えてから日本文学はもっともっと非政治的になっていく傾向がある。柄谷行人などのインテリを聞くと、三島の死亡は昭和天皇が死んだ1989より本当の昭和野終わりだったと考えられている。なぜなら三島の死亡は昭和時代の政治的な価値観と同じだと考えられているからだ。
でも、その政治的な価値観は一体何を含まれているか。その価値観を見ると、二つの大きな点が出る。まずは、政府と経済から (特に日本憲法の9西洋の影響と押し付けられたものを取り除くことだ。他の点は「明治維新」のような天皇に政治の力を全て取り戻すことだ。これはもちろんどうしてインテリの考えには昭和天皇の死亡が大事な事件ではなかったと思っているかという質問とつながっている。第二次世界大戦の結果のおかげで、新しい憲法が成立して、天皇はお飾りのリーダーにならせられた。だから、1970にその武断的な熱意を持っているのは天皇ではなく三島由紀夫だった。今だに、この武断的な価値観を持っているのは「日本会議」という集団だ。でも、ただの集団ではない。この集団は会員について安倍首相さえも含まれている。なので、この昭和からの考えは今だに必要だ。
でも、三島由紀夫は視野が狭く国家主義者だけではなかった。まず、三島がいわゆる「国際学者」という作者の代表だ。つまり、この昭和維新をサポートしている三島由紀夫は国際化の産物だった。三島は色々な国の作者の考え(特に西洋の作者から)や宗教の部分(特に仏教やヒンズー教)や文明(特にグリーク)などの美学的な影響を使って作品を書いた。さらに、三島は伝統的な侍の遺産を大切にしていたが、洋風な家さえ住んでいた。
私の要点は三島の国際化を否定している日本を中心した考えは作者と日常生活に対してちょっと奇妙だ。三島は際化のおかげで今の「日本会議」の政治家と同じに西洋からの教育体制や他の文化を経験できる可能性や第二次世界大戦後の平和を使って成長した。これは風刺だ。もっと風刺のことは三島が国際作者として日本文学を流行らしていたことで国際化に資した。

Wednesday, October 4, 2017

アウトライン2

このトピックは要するにだれが三島由紀夫に影響を与えたか調べだ。もちろん、いわゆる「三島事件」だから、三島がいまだにとても有名な作者だが、かえって学界は三島を中心にした研究があまりない。なぜなら、三島はまだ生きているとき、昭和天皇を激しく責めていたからだ。そして、三島が書いた本を分析した論文は影響を探す時、あいにく三島の伝記などのことだけをもとに書かれてしまった。だから、三島を中心した論文はいつも三島の人生から反映されたものだけだ。それに対して、私は三島を中心した論文の視野をもっと広げたいだ。夏目漱石といった明治時代の作者も康成川端といった大正時代の作者も三島の考えと関係がどう繋がっているかもっと詳しく調べたいだ。

私の結論は三島がいわゆる「国際文学」を作っていた作者の代表だ。研究している時、三島が美学として、三島の影響は美学として岡倉天心と日本ロマン派とフランス語の文学の考えから取って、政治的として侍の考えと明治時代のインテリの考えから取っていたことを習いました。見に行く人に一番伝えたい考えは国際化の影響のおかげで日本文学は国を中心したものから国際を中心したものに変わった。このプロジェクトのメリットは発表の後で見に行った人が戦前と戦後の知的な歴史がもっと理解できるようになって来るだろう。

Monday, September 25, 2017

私のテーマは三島由紀夫です。最近、日本はだんだん軍隊化行き進んできました。だから、三島の激しい憂国に関する問題イデオロギーが村上という非政治的な作者に比べてとても勉強になることがあると思います。私の目標はちゃんとした三島の考えの分析です。みなはもちろんいわゆるファシズムを聞いたことがあるが、一般にファシズムの美学がわかりません。私はみなにこんなところを知らせたいです。そのことがわかったら、みなはもっと簡単にファシズムに落ちることを避けられるようになるといいです。

Sunday, April 12, 2015

バラクオバマの就任式

二千八年の選挙でバラク・オバマがかちました。二千九年一月に私はかぞくといっしょにワシントンD.C.へ就任式をみに行きました。ワシントンD.C.へ行ったことがありませんでした。ワシントンD.C.はさむくて、きれいじゃありませんでした。アレサフランクリンやヨーヨーマなどがいろいろうたをうたいました。牧師のリックウォーレンがきどうをはなしました。二千九年1月二十日にバラク・オバマははじめてのこく人のだいとうりょうになりましたから、そのひは国のプライドのひでした。多くの人がなきました。私はテレビクルーのインタビューをうけました。私は「わたしはアメリカはしあわせになることができました。」といいましたが、二千十年にオバマはふにんきになりました。今私のいなかはオバマはきらいだといいます。アメリカは今までとおなじになるとおもいます。

Sunday, March 22, 2015

せんしゅうのしゅうまつ

せんしゅうのしゅうまつにわたしはともだちといっしょにブルックリンへいきました。ブルックリンのなかわでたしたちはいろいろところへいきました。Williamsburgはいろいろ店があります。Williamsburgの店のなかで’Hipster-Intellectual Clothing'の店がいちばんすきです。わたしはネクタイをかいました。 Boerum Hill はしずかNeighborhoodです。Boerum Hill はいいりょうりがあります。わたしたちはDunkinDonutsでたべましたですが、Glazed Donutsがありません。

Sunday, March 1, 2015

わたしの好きなもの

わたしはいろいろ好きなものですよ。
わたしは バスケットボールがすきです。わたしは バスケットボールのひとのなかでIman Shumpertがいちばんすきです。わたしはバスケットボールのチームのなかでニューヨークKnicksがいちばんすきですが、GoldenStateWarriors がいちばんいいです。
わたしはりょうりのなかでイタリアのりょうりがいちばんすきです。わたしはPoetryがすきです。 わたしはPoemのなかでOdeToANightingaleがいちばんすきです。
OdeToANightingaleはJohnKeatsのPoemです。
それから、ばしょうのはいくをよみました。いいですよ。

わたしのすみはPoetryをかくことですが、わたしのPoetryはあまりよくありません。

 Ode to a Nightingale
  
MY heart aches, and a drowsy numbness pains
  My sense, as though of hemlock I had drunk,
Or emptied some dull opiate to the drains
  One minute past, and Lethe-wards had sunk:
'Tis not through envy of thy happy lot,         5
  But being too happy in thine happiness,
    That thou, light-wingèd Dryad of the trees,
          In some melodious plot
  Of beechen green, and shadows numberless,
    Singest of summer in full-throated ease.  10
O for a draught of vintage! that hath been
  Cool'd a long age in the deep-delvèd earth,
Tasting of Flora and the country-green,
  Dance, and Provençal song, and sunburnt mirth!
O for a beaker full of the warm South!  15
  Full of the true, the blushful Hippocrene,
    With beaded bubbles winking at the brim,
          And purple-stainèd mouth;
  That I might drink, and leave the world unseen,
    And with thee fade away into the forest dim:  20
Fade far away, dissolve, and quite forget
  What thou among the leaves hast never known,
The weariness, the fever, and the fret
  Here, where men sit and hear each other groan;
Where palsy shakes a few, sad, last grey hairs,  25
  Where youth grows pale, and spectre-thin, and dies;
    Where but to think is to be full of sorrow
          And leaden-eyed despairs;
  Where beauty cannot keep her lustrous eyes,
    Or new Love pine at them beyond to-morrow.  30
Away! away! for I will fly to thee,
  Not charioted by Bacchus and his pards,
But on the viewless wings of Poesy,
  Though the dull brain perplexes and retards:
Already with thee! tender is the night,  35
  And haply the Queen-Moon is on her throne,
    Cluster'd around by all her starry Fays
          But here there is no light,
  Save what from heaven is with the breezes blown
    Through verdurous glooms and winding mossy ways.  40
I cannot see what flowers are at my feet,
  Nor what soft incense hangs upon the boughs,
But, in embalmèd darkness, guess each sweet
  Wherewith the seasonable month endows
The grass, the thicket, and the fruit-tree wild;  45
  White hawthorn, and the pastoral eglantine;
    Fast-fading violets cover'd up in leaves;
          And mid-May's eldest child,
  The coming musk-rose, full of dewy wine,
    The murmurous haunt of flies on summer eves.  50
Darkling I listen; and, for many a time
  I have been half in love with easeful Death,
Call'd him soft names in many a musèd rhyme,
  To take into the air my quiet breath;
Now more than ever seems it rich to die,  55
  To cease upon the midnight with no pain,
    While thou art pouring forth thy soul abroad
          In such an ecstasy!
  Still wouldst thou sing, and I have ears in vain—
    To thy high requiem become a sod.  60
Thou wast not born for death, immortal Bird!
  No hungry generations tread thee down;
The voice I hear this passing night was heard
  In ancient days by emperor and clown:
Perhaps the self-same song that found a path  65
  Through the sad heart of Ruth, when, sick for home,
    She stood in tears amid the alien corn;
          The same that ofttimes hath
  Charm'd magic casements, opening on the foam
    Of perilous seas, in faery lands forlorn.  70
Forlorn! the very word is like a bell
  To toll me back from thee to my sole self!
Adieu! the fancy cannot cheat so well
  As she is famed to do, deceiving elf.
Adieu! adieu! thy plaintive anthem fades  75
  Past the near meadows, over the still stream,
    Up the hill-side; and now 'tis buried deep
          In the next valley-glades:
  Was it a vision, or a waking dream?
    Fled is that music:—do I wake or sleep?  80

Monday, February 9, 2015

ふゆ休み

私の冬休みはたのしくて、よかったです。私はCorbinへかえりました。わたしはちちとGatlinburgへいきました。いっしょにゲムをしました。ちちはMiniGolfがじょうずです。あそびました。それから、二十日ぐらいCorbinにいました。私はともだちとばんごはんをたべました。ともだちのなまえわEthan Penningtonです。EthanはWestern Kentucky 大学の学生です。それから、わたしは りょうしんとThe Interviewをみましたが、The Interviewはわるいです。